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名古屋地方裁判所 昭和47年(ヨ)359号 決定 1972年8月30日

申請人 全逓信労働組合 ほか一名

被申請人 国

訴訟代理人 伊藤好之 ほか八名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は、申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人は、名古屋市昭和区桜山町六丁目一〇五番地所在昭和郵便局二階食堂内別紙図面その一表示の壁面に別紙<省略>図面その二表示の縦八〇糎、横一三九糎以上の大きさの掲示板を仮に設置し、これを申請人らに引渡さなければならない。

第二、申請の理由

一、申請人全逓信労働組合(以下「申請人組合」という。)は、郵政省に勤務する労働者が組織している労働組合であり、申請人全逓信労働組合昭和瑞穂支部(以下「申請人支部」という。)は、申請人組合の組合員のうち昭和郵便局および瑞穂郵便局に勤務する者で構成されている申請人組合の下部組織である。

二、申請人らは、昭和二一年ごろから被申請人より、名古屋市昭和区桜山町六丁目一〇五番地所在の昭和郵便局庁舎の一階洗面所入口東側掲示板全部(以下「一階掲示板」という。)および二階食堂内掲示板の北側二分の一の部分(以下「二階掲示板」という。設置場所および面積は別紙<省略>図面その一、その二記載のとおり。)の二個所を申請人らの専用掲示板として供与を受け、占有使用してきた。

右のような掲示板使用の法律関係は、使用貸借契約と解すべきであり、申請人らは右各掲示板につき占有権を有する。

三、ところが昭和郵便局長下川真一(以下「下川局長」という。)は、昭和四七年三月一四日申請人支部に対し、一階掲示板の供与を廃止し、それに代えて、新たに同庁舎内湯沸室入口上部掲示板を供与し、二階掲示板は撤去することになつたから、右各掲示板の掲示物を撤去して右各掲示板を下川局長に引渡すようにとの申入れをした。

そこで、申請人支部は、右同日を第一回として同月一八日、二五日、三〇日の四回にわたり昭和郵便局側管理者と交渉し、掲示板撤去の理由・必要性を問いただしたが、局側管理者は、「美観を損ねる。」とか「一局一個所(掲示板の供与)が郵政省の方針である。」とか答えるだけで何ら掲示板撤去の必要性を首肯するに足る合理的な理由を示さなかつた。

そして下川局長は、同年四月三日午後三時過ぎごろ申請人らが使用占有して来た二階掲示板を実力を以つて撤去し、申請人らの右掲示板に対する使用貸借上の権利ないし占有権を侵奪した。

四、右掲示板に対する申請入らの前記のような占有使用は、申請人らの組合活動上極めて重要であり、被申請人の前記実力による掲示板撤去のため、申請人らは、今後組合活動上大きな支障を来すことは明らかである。

従つて申請人らが提訴を予定している占有回収の訴または使用貸借上の権利に基づく返還請求の訴等の本案判決の確定を待つていては、二階掲示板撤去によつて申請人らの蒙る損害は回復しがたいものとなる。

よつて、申請人らは、申請の趣旨記載の仮処分を求めて本訴申請に及んだ。

第三、当裁判所の判断

一、疎明資料によれば、申請人組合が郵政省に勤務する労働者により組織されている労働組合であり、申請人支部は、申請人組合の下部組織であり、同組合の組合員中昭和郵便局および瑞穂郵便局に勤務する者で組織されていること、被申請人は、昭和三五年一一月ごろ二階掲示板を昭和郵便局二階食堂内の別紙図面その一記載の場所に設置したこと、昭和郵便局庁舎管理者下川局長は、昭和四七年四月三日右掲示板を徹去したこと、が認められる。

二、申請人らは、二階掲示板につき、使用貸借上の権利および占有権を有するから、被申請人のした前記掲示板撤去に対し、その占有を回収する権利を有すると主張する。

ところで二階掲示板を含む昭和郵便局庁舎は、国の郵政事業の用に供するものとして国有財産法第三条にいう行政財産(企業用財産)に属するものと解すべきである。

そして同法第一八条は、行政財産の処分及び私権の設定を原則として禁止しているものの、その用途又は目的を妨げない限度において、その使用又は収益を許可することができるものとされている。同条は、昭和三九年法律第一三〇号により改正されたもので、改正前の同条は「行政財産は、その用途又の目的を妨げない限度において使用又は収益をさせる場合を除く外処分および私権の設定をすることができない。」旨と規定され、右改正前の第一八条は用途又は目的を妨げない限度において行政財産につき私権の設定を認める趣旨であると解されていた。

一方右改正の前後を問わず同法第一九条において第一八条による使用収益については普通財産に関する第二一条ないし第二五条の規定が準用されており、改正後の第一八条五項が行政財産の使用収益に関し借地法および借家法の規定の適用を除外したのも改正前の同条の解釈において借地法および借家法の適用の有無につき争いの存したためである。

従つて同法第一八条は前記改正によりその規定の体裁は変化しているとはいえ、その規定の本質には何ら変更はなされていないものと解せられるから、改正後においても用途又は目的を妨げない限度において行政財産につき私権の設定は可能なものと解するのが相当である。

以上に説示したとおり、現行国有財産法の解釈上、行政財産につき私権を設定することは可能であることと、現業国家公務員の業務の性質、内容および労働関係についての実定法の規定からして、国と現業国家公務員の組織する労働組合との間の労働関係は、基本的には公共企業体におけるそれと異るところがないと考えられること、からすれば、申請人らと被申請人との間の行政財産たる掲示板使用の法律関係は、特別事情なき限り、私法関係であると解するのが相当である。

従つて、もし二掲示板につき申請人ら主張のとおりの契約が結ばれていたとすれば、申請人らは、右掲示板撤去につき民事訴訟上の仮処分によりその救済を求めうることになるから、本訴は不適法と言えないことは明らかである。

被申請人は、答弁書において掲示板使用の法律関係は公権力作用に基づくものとして仮処分申請は許されないと主張するけれども、右主張は、以上の理由により採用できない。

三  よつて進んで被保全権利の存否につき判断するに、疎明資料によれば、国家行政組織法第一四条二項に基づき制定された昭和四〇年一一月二〇日公達第七六号郵政省庁舎管理規程は、郵便局庁舎の管理者は、庁舎の秩序維持等に支障がないと認めるかぎり、必要な条件をつけ又は関係者の遵守事項を指示して、庁舎の一部をその目的外に使用することを許可することができるものとし、右条件又は指示に反する者に対し、違反事項の是正を命じ又は右許可を取り消すことができるものとしており、右規程に関する運用通達(昭和四〇年三月一〇日郵官秘第二六二号)は、その取扱基準を示し、庁舎管埋者は、ポスター類の掲示について組合等恒例的に掲示しようとする者に対しては掲示申出ごとの許可に代えて、あらかじめ一括して許可できるものとし、掲示物の内容が法令違反にわたるものなど庁舎秩序維持に支障ある物の掲示をさせないこととし、これに違反したときは撤去命令を発し、これに従わない場合には庁舎管理者において自ら撤去できるものとしていること、申請人支部は一、二階掲示板につき昭和四一年一一月七日付で掲示の一括許可申請をなし、同月八日付で昭和郵便局長は、前記取扱基準に示す条件を付して右各掲示板を掲示場所とする掲示の一括許可をなし、ついで昭和四七年三月一四日下川局長は右一括許可につき掲示場所を湯沸室入口上部一箇所とする旨の変更をなしたことが認められる。

以上の事実によれば、二階掲示板は、行政用財産として昭和郵便局長の管理するものであり、前記許可条件に反しないかぎりにおいて、申請人支部が、掲示物を掲示することが許されているだけであり、一括許可になつているため、前記許可条件に反しない限り随時掲示物を二階掲示板に掲示できるため、事実上申請人支部が右掲示板を専用使用し、継続してこれを占有しているように見えるけれども、それは単なる事実状態に過ぎないというべきであり、使用貸借上の権利ないし占有権ではないと解すべきである。

これを要するに、申請人らが二階掲示板に対し、使用貸借上の権利、ないし占有権を有していたとは認められないから、申請人らは、被保全権利の疎明を欠くというべきである。

四、よつて、その余の点につき判断するまでもなく、本件仮処分申請は理由がないので却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松本武 淵上勤 植村立郎)

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